メイショ
高知城(こうちじょう・2010年)
今回紹介するのは、3月21日の日曜日に高知城を訪れた時の事です。
当日、知人に誘われ、昼過ぎに自宅まで知人が車で迎えに来て、出発しました。
ひろめ市場で買い物
三島川之江ICから高知ICまでを約1時間ほどで走り高知市へ、高知大手前高校近くの駐車場に車を止め、ひろめ市場まで少しの距離を歩き、先ずは買い物へ。
ひろめ市場は帯屋町商店街の西の端に位置し、いつ行っても賑わっている市場で、新鮮な魚、肉等の食材が販売され、飲食店、雑貨、洋服屋等も出店されています。
到着してさっそく、鰹のたたき、コロッケ、焼き鳥、餃子等の食材を買い込みました。
餃子は、「安兵衛ぎょうざ」のチェーン店の一つ、「ひろめで安兵衛」で買いました。
「安兵衛ぎょうざ」は、行列が出来るほど人気で、 「いまどき安兵衛」、「ひろめで安兵衛」、「屋台安兵衛」の3店舗が高知市内で営業しています。
ちなみに、餃子の料金は一皿(7個入り)・420円でした。
鰹のたたきは、ひろめ市場内の黒潮水産で、真空パックで売られていて、短冊1本2,000円と半分で1,000円のものもありました。
今回はすぐに食べるということで知人夫婦と私達夫婦の4人前をお店で捌いて、料金は4,000円かかりました。
いくら、その場で捌いてもらったといっても4人前で4,000円はちょっと高いような気もしましたが、私が思っていたよりも量が多かった気もします。
ひろめ市場には、アルコール類の自動販売機が無く、ちょっと物足りなかったのですがお茶だけ買って高知城で花見をする事にしました。
ひろめ市場から高知城は歩いても近い距離、ひろめ市場前の追手筋通りで行われている日曜市を抜けて高知城へ向かいました。
日曜市を抜けた頃、遠方から高知城天守閣が姿を現し、もう少し歩くと高知城の正門の追手門にさしかかります。
藩政初期、追手門は「大手御門」と呼ばれていましたが、延享4年(1747年)以降は「追手門御門」と呼ばれるようになり、門の入り口は枡形の巨大な石垣で囲まれていて、敵を3方から攻撃できるようになっています。
追手門を潜ると、近代日本の道を開いた自由民権運動の最高指導者として有名で、私の子供の頃の紙幣にも登場した、板垣退助が右手を前に突き出すように少し上にあげて立っているインパクトの強い銅像が建てられていました。
その横の攻めるのには上りにくく、守るのに降りやすいように造られている石段をせくせくと上ります。
上ると「三の丸入り口」の「三の丸石垣」が、見事な積み構えを見せ、建っていました。
なんといっても打ち込みはぎの扇形のそりが見事で、石垣の高さは13メートルあります。
高知城の石垣の石質は殆どがチャートですが、三の丸石垣は加工された砂石と僅かですが石灰岩や硬岩も使われています。
三の丸広場は高知城で一番広い面積で、4・641平方メートルあります。
今回テレビを見ていて、高知城の桜が八分咲きで身頃という事で訪れましたが、三の丸広場の桜は八分咲きどころか5分も咲いてないようでした。
三の丸から見た天守閣は絵になるような美しさで、ここからの撮影が一番のシャッターチャンスでは。
三の丸に到着して、買ってきた食材を広げて食べました。
黒潮水産の鰹のたたきは、以前からよく買ってはお持ち帰りにして、家で美味しく食べている食材。
食べ方はいたって簡単で、ポン酢醤油、薬味のたまねぎ、にんにく、しょうが等と一緒に食べます。
今回はポン酢醤油だけで食べましたが、薬味と一緒に食べなくても、獲りたての新鮮な鰹のたたきは臭みも無く身も引き締まっていて美味しかったです。
ちなみに高知の鰹漁は、寛永18年(1614年)に安芸郡津呂浦の住民山田長三郎が始めたと言われていて、そしてその漁法は「土佐の一本釣り」青柳裕介の漫画作品で紹介されたり、DVDにもなっているので興味のある方は一度見てみてはいかがでしょうか。
餃子は、中から溢れ出る野菜たっぷりの具の旨みはとてもいい味でした。
食事をした後、二の丸を抜け高知城天守閣に向かい、傍から高知城を見ると均整がとれていて一段と綺麗でした。
高知城天守閣は、1603年に完成、1727年の火事によって焼失し、今の天守閣は1749年に再建されたもので、その後昭和の解体修理工事の際に、創建当時の姿がそのまま残っていることが判明されました。
高知城の天守閣は、望楼型天守の典型で、外観は4重、内部は5階建ての建物。2重の入母屋造りの屋根の上に2重櫓の望楼を乗せています。
天守最上階には、初代藩主山内一豊が、先の居城である遠州掛川城を模して造ったといわれる廻緑高覧が付けられていますが、その造りは、大変珍しく当時の四国では高知城でしか見られなかったようです。
入場料(大人400円)を払い、靴を脱いで天守閣内に入りました。
天守閣内は、数多くの展示品が置かれてあり見所十分です。
中を見学して一番私が興味をひいたのが、本丸御殿です。
本丸御殿は1603年の創建され、規模は小さいが書院造の典型です。
書院造は、室町時代に始まり桃山時代に完成した武家住宅の様式。
基本として座敷に、床の間・違い棚・付け書院・帳台構えを設備するものです。
そして慈照寺の足利義政の書斎であった東求堂同仁斎は、ほぼその形式が整った現存最古の例です。
本丸御殿を見学した後、私達は高知城を後にしました。
よさこい踊り10年へ続く