メイショ   

琴平町(ことひらちょう・2008年)

新たな発見を求め


 先日、兵庫県城崎温泉に旅行した際、5回分使える青春18きっぷを4回分使いました。

 そして9月10日青春18きっぷの有効期限最終日、最後の1回分で、香川県琴平町に出かけました。

 琴平町は、私が子供の頃から何度か訪れ、馴れ親しんでいる町。この町の事を、知り尽くしているつもりですが、新たな発見を求めて訪れてみることにしました。
 琴平町は、自宅から車で約1時間ほどの距離、車で観光する方が列車で観光するよりも時間がかからず便利。
 でも今回は、あえて列車によるたびを決行しました。

 なぜ今回列車の旅を決行したかと言うと、列車の旅の方が風情のある琴平町には似合っているような気がしたからです。
 川之江駅を普通電車で昼過ぎに出発、観音寺駅と多度津駅の各駅で乗り換え、午後2時過ぎに琴平駅に到着。

 今回の列車の旅で思ったことは、車で移動するより列車で移動する方が、移動の途中、睡眠をとることが出来るなど、比較的のんびりと出来良かったこと。



 駅から、あたりを見渡すと、ひときわ目立って建っている、ホテル琴参閣が目に止まり、
 その琴参閣が建っている方向に向かって真っ直ぐ道路を下って行くと、途中、道路の右手側には小さな公園があり、その公園内には高灯篭という建物が建ち、高灯篭ってなんだろうと思いながらも、
立ち寄らないで、そのまま通り過ぎると、公園の隣に琴電琴平駅の出発駅があり、そこから琴電琴平線が抜けていました。

 そして琴電琴平駅を過ぎた直後、歩いて来た道路と交差するように金倉川が流れ、金倉川にかけられた大鳥居の、大宮橋をわたり、そのまま、もうしばらく真っ直ぐ下るととホテル琴参閣前で行き止まりになっていました。
 その琴参閣前の三差路の交差点を左に曲がり、金比羅宮の参道まで向かいました。



 参道に向かうまでの神明町の通りは、観光地らしく旅館やホテルの宿泊施設、お土産店等の店がずらりと列を並べていて、お土産店等の前では「駐車場はこちら」と書かれたプラカードを持った人達が立ち、車を誘いこんでいる光景が目立ちました。

 しばらく歩るき、金陵の郷の四つ角から右に曲り、表参道の石畳の内町通りを歩き、内町通りを越えると金比羅名物の石段が待ち構えていました。



 金比羅は階段が多いことで知られていて、本社までは785段、奥社までは1386段あります。
 石段の脇にはお土産屋、お食事どころ等の店が連ねていて、わき見をしながらをゆっくりと歩きました。
 石段は、少し急で、日頃運動していない私にはけっこうきつく感じられました。



 急な石段を365段上がった所で二層入母屋造瓦葺の大門にでます。
 これが金比羅大権現時代の仁王門です。
 この大門をくぐると神の領域で、五人百姓とよばれる人が屋台をだし飴等を売っていました。
 五人百姓は、古くから神事にたずさわる家筋で、その代償に神域内での販売が許されています。
 私はこの屋台が物珍しく感じられたので試しにを買って帰りました。

 それから少し行ったところに神様に奉仕する神馬が飼われていました。
 しばらくの間その神馬を見て、その後も、まだまだ続く石段をのぼり、石段を下から数えて626段目で金比羅宮の中では一番大きな建物の旭社にだどりつきました。
 旭社は、もと金光院松尾寺の本堂で、1837年に建てられました。
 建物高さは18・5メートルあり、三層入母屋造・銅瓦葺、総ケヤキ材が使われています。



 旭社の前の道を右に横切り、進んでいくと最後の急な石段があり、この石段を上がりきると下から数えて785段目です。
 そしてこの石段をのぼりきったところには金比羅宮本社があります。
 金比羅宮本社は、1878年に造りなおされました。
 大社関棟造・檜皮葺ヒノキの無節材が使用されています。
 主祭神大物主神相殿崇徳天皇られています。
 本社前の展望台からは、讃岐平野を望むことが出来、とてもいい風景でした。



 回廊にそって西に向いていくと、三穂津姫社、その西隣に絵馬堂があります。
 絵馬堂には、全国各地から奉納された船絵馬・流し樽が所狭しと並べられていました。
 絵馬堂の船絵馬等を見た後、上って来た石段をくだり、石段から少しそれたところの金丸座に向かいました。
 金丸座は、歌舞伎専用の芝居小屋で、現存する最古の劇場建築です。
 金丸座を後にして、また石段の参道を歩き、来る途中に気になっていた高灯篭を見学して琴平を後にしました。










地図情報

琴平駅付近のホテル


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