メイショ
今治城(いまばりじょう・2009年)
仕事休みの中・・・
不況のせいなのか
派遣先の会社から休んでくれといわれ、7月に入って仕事休みの日が続く。
お金がないといってもせっかくの休みなので、まだ訪れたことのない同じ四国内の今治城に出かけることに。
今治城は前から行きたかったところ。
今回の観光は
高速道路を利用せず、
一般道を通って
自家用車で移動しました。
自宅を午前9時に出発、午前11時ころには今治市内に入り、
今治港方面に向かって走ります。
しばらく走っていると今治城の姿が遠くのほうから見えてきます。
初めて見る今治城。
今治城に近づくにつれワクワクと胸をはずませながら、そのまましばらく走っていると今治城に到着します。
今治城の
専用駐車場に車を止め、間近で見た堀に囲まれた今治城の風景は私の心をなごませてくれました。
思った以上に美しい
城。
何も考えずカメラのシャッターを押し続け、着てよかったと思った瞬間です。
今回は朝から体が焼きつくような熱さの中での観光でしたが、その熱さも忘れさせてくれました。
城の入り口の綺麗に
整備されている
土橋を歩き、
鉄門をくぐると二の丸。
二の丸に入ったところに
藤堂高虎の馬に乗った
精悍な姿の
像が建てられていました。
私はこんな
風景が好きなので本当に遠いところまで来てよかったです。
もっと奥の
天守閣の方に向いて歩いていき、やや細身ではあるが高々とそびえたつ五層六階の天守閣の中へ入りました。
天守閣の中は1階が
管理事務所、ここで
受付をします。
トイレは1階だけに完備されています。
2階は、今治
藩主着用の
鎧、
兜、藩
刀匠の
刀剣、
火縄銃、今治城
絵図、城
模型等を展示し、3階は、今治藩主、藩
絵師の
掛軸屏風、
古文書、
朱印状、
藩札、
著名軸物屏風等を展示。
4階は、今治地方の
縄文弥生土器、
古墳出土品、
勾玉、
須恵器、
宝篋印塔、
瓦を展示。
5階は、今治地方
略年表と
関連写真、全国
城郭写真、
慶応3年の今治城古写真等を展示。
そして、6階が
展望台になっています。
展望台からはしまなみが望めるなど凄くいい眺めでした。
今治城は、1604年に
築城の
盟主、藤堂高虎公によって築城されました。
私は城を見た時の姿が美しければ、それだけで満足出来るのですが、今治城は、城
ファンからは
悪評の模擬天守といわれているようで、何が模擬天守なのか?
最初は何のことか分らなかったのですが、調べてみると模擬天守とは、もともと天守が存在しなかった城に
由来するようです。
今治城の天守閣は1610年(
慶長15)年に
解体された後は
二の丸に
屋敷があったのみで天守は建てられていなかったようです。
「宗国史」の
記述には、今治城の天守閣は8年のみ存在したそうです。
今の天守閣は8年の間建てられていた当時の再現のようです。
今治城は日本三大
水城の1つ。
※ちなみに後の2つは
高松城(香川)、
中津城(大分)です。この3つの城は、いずれも
近世城郭だそうです。
3つの城の中では中津城がちょっと
構造的に落ちるようですが、今治城、高松城はいずれも海に面した海城であり、その構造もよくできています。
今治城は、広さはおよそ八町十六間四方、現在の金星川以南、旭町以東を城郭とし、
内堀・
中堀・
外堀の三重の堀には海水を引き入れ、南方の蒼社川、東方の
瀬戸内海の自然の守りとした大規模な海域でした。
中堀以内に
上級武士、外堀以内に侍屋敷、
要所要所には
枡形や
櫓を配した。
模擬天守でもいい。
藤堂高虎の像といい、とても綺麗なお城の風景は私の心に焼きつきました。
その後、山里櫓、武具櫓、御金櫓を見学。
山里櫓には河野勝一氏が
収集し
寄贈した、
武具、
古美術、
油絵等が展示されていました。
御金櫓には、
洋画、
日本画、
版画、
彫塑、
鍛金、
陶磁器、
漆芸等が展示されていました。