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竹田市・岡城址観光(2009年・2日目)
(てんき)ある場所の、ある時刻の気象状態。気温・湿度・風・雲量などを総合した状態。 朝食を済ませ、9時旅館を出発し岡城址(あと)を
見学。
岡城は
牛が横たわって寝ている
姿に似ていたとこから
別名「
臥牛城」ともいわれ、日本三険城の1つです。
岡城は、聞いたところ、文治元年(1185年)に
緒方惟義が
源頼朝に追われた
源義経を
迎えるために
築城されたのがはじまりのようです。
その後志賀氏の
居城となりました。
当時の
エピソードとしては、
天正14年(1586年)から翌年の豊薩戦争では島津3万7000人の
大群が岡城をおそい、わずか18歳の
志賀親次(親善)を中心に1000人で城を守ったとして
豊臣秀吉から
感謝状を与えられています。
その
難攻不落の
名城に、
文禄3年(1594)、
総勢4000人あまりで
中川秀成が
入部しました。
戦国時代の
城郭を
基礎として
近世城郭の形をととのえ、
本丸は、1597年に完成、1663年には
西の丸御殿がつくられ城の中心部とされていきました。
明治維新後、廃城令によって
廃城とされ、明治4年(1871年)から翌年にかけて城内の
建造物は全て
破却されました。
現在残っているのは巨大な
石垣群だけで、まさに「
荒城」と呼ばれるのに
ふさわしい山城でした。
なぜ廃城になった岡城がここまで
有名になったかというと何と言っても岡城址とその荒廃したイメージをもとに
滝廉太郎が
作曲した
名曲『
荒城の月』で
有名です。
最初あまり
期待していなかったのですが、
訪れて見ると
意外な
名所で
見所がいっぱいありました。
ちょうど
紅葉も
見ごろで、赤く色づいたもみじを見ながらゆっくりと歩きました。岡城址は、紅葉の名所でもあり、春になると
桜の名所でもあり、日本桜
百選に選ばれています。
惣役所跡(おみやげ店)から「荒城の月」の
メロディーが流れる中、
急勾配の
石段の
登城道を登ってゆくと
大手門跡にさしかかります。ここが最初の見所で、思わずカメラの
シャッターを押しまくりました。
この大手門までの登場道は、私が今までに訪れた地域の中では地味に移りましたが、
地味ゆえに
ひしひしと心に残る
風景でした。なぜ
城址にこれほど惹かれるのか。壮大、
廃城後に
もみじ、
さくらが
咲き、
完全なる
美しさでなく、どこか
野生的。このあたりに人の
心を惹くのでしょうか。
私は前もって岡城址の事を
勉強しないで
観光しているので、ここは城のどのあたりかも分からずただもみじの美しさに気をとられて観光しましたが、後から
ネット等で岡城址の
画像を見ていると、西中仕切から見た石垣とか近戸門跡とか、かなりよさそうな場所があったのに撮影できなかったのが少し残念です。
岡城址からは、
はるか遠方に、
久住山、
阿蘇山、
祖母山、
傾山という、九州中央部の主な山々が見渡せ天気が良かったら
眺めは
抜群です。
岡城址を
見学した後は、日本の滝百選に選ばれた原尻の滝へ。
平地に突如滝が現れるのが特徴的で、滝幅120m、落差20mで、大
瀑布。
ダイナミックで
東洋の
ナイアガラと呼ばれています。
水量が増える
梅雨時は
迫力満点で、最高の
景観となっています。
原尻の滝を見た後は、お土産ものを見たり、昼食を食べたりしてすごしました。
昼食は、道の駅、原尻の滝の「レストラン白滝」で食べましたが、四国ではほとんど食べることのないだんごをベースにした大分名物「だんご汁定食」が凄く美味しかったです。
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