その他旅行
鹿児島・熊本観光(2009年・3日目)
早いもので今回の旅行も、もう3日目。
旅館で朝食を食べた後
チェックアウトし、
指宿駅を9時20分発3両の「
なのはなデラックス」で出発しました。
10時半
鹿児島中央駅に到着。
鹿児島中央駅で乗り継ぎ昼過ぎに
熊本駅に到着。
その後、
熊本城前までバスで移動。
バスを降りると、外は
生憎の雨。
地図も持ってないので、適当に歩いていると
甲冑(かっちゅう)と
長烏帽子(ながえぼし)姿の
加藤清正公の座っている像が建てられていました。
私は加藤清正公を名前くらいしかしらなかったのですが、今回の旅で清正公の
エピソード等を聞いて好きになりました。
隈本に
入国後清正は、
治山・
治水・
新田開発などに力を入れ、また
南蛮貿易に乗り出すなど、
積極的に
領地経営を進め、国はどんどん豊かになり、結果
領民からは
神様のように慕われるようになったそうです。
加藤清正公像をビデオに収めた後、どっち方向を歩いていけばいいのか分かりませんでしたが
行幸橋を渡ったところに、案内版があったのでそれに従い
櫨方門を目指して歩きました。
比較的ゆるやかな坂を歩き、しばらく歩いていると櫨方門にさしかかりました。
ここで料金を払い、そびえ立つ
天守閣の見える方向を歩きました。
時折、階段が数箇所あり歩くとけっこうな距離です。
途中、本丸御殿、天守閣へとつながっている入り口があり、そこから中に入ると、両側を立派な石垣で囲まれた御殿床下の本丸御殿の地下通路があり、とても通路とは思えないような造りで、特に両側の石垣の造りは
芸術的で
殿様気分で歩くことが出来ました。
この地下
通路を抜けると本丸です。
本丸からは熊本城天守閣、本丸御殿が見渡せけっこう見晴らしがよかったので、ここから天守閣の写真を撮影しました。
先に本丸御殿の中に入りました。
熊本城本丸御殿は、2008年度
復元工事が終わり、今一般公開されています。
旅行は
おおまかには
計画していますが、
ほとんどが
行き当たりばったりで、旅をしてからのお楽しみですが、今回は、本丸御殿の美しさに驚かされました。
本丸御殿の中でも大広間は、巨大な御殿で床の間が4箇所あります。
私はその中の昭君の間を観覧しました。
大広間の一番奥の”昭君の間”は最高
格式の部屋で
豪華絢爛な
襖絵が飾られて
目を見張るものがあり
一見の価値ありです。
昭君の間の床には
段差があり、床と棚の
奥側が一段高く、
上段と
下段になってるので
観覧の時には注意深く見て下さい。
このような昭君の間のような造りは、
桃山時代から
江戸時代初期に
集中しています。
本丸御殿の大台所には2つに
囲炉裏があり、
片方の囲炉裏には
底や
壁面の石が残っています。この囲炉裏で副食品が
調理されていたそうです。
大台所には
天井がなく
屋根裏が見え、
一瞬なんじゃこれと思いましたが、これもまた
芸術的で
見所の一つです。
本丸御殿を観覧した後、今度は天守閣の中へ。
熊本城の
復元前の小天守は、地上四階地下1階からなり、一階が「松之御間」二階が「兜佩之御間」三階が「
御納戸」、四階が「御冗談」で地下一階は台所だったようです。
大天守の方は、一階が「御鉄砲之御間」二階が「御具足之御間」三階が「御矢之御間」四階が「御弁当之御間」五階が「具之御間」六階が「御上段」地下1階が穴蔵です。
このように見ると大天守の各階には
武士の
シンボル的なものが置かれ、小天守は住居的施設になっていたようです。
今の天守閣は昭和30年に
鉄筋コンクリート製で
再建された
建物。
1階から3階までが
熊本城博物館分館となっていて、1階が海御座船波奈之丸船屋形(国指定
重要文化財)、熊本城・城下町復元模型、加藤清正と熊本城が展示されていて、2階は細川氏関係資料が展示され、3階は
西南戦争関係資料が展示されていました。
小天守、大天守の最上階にのぼり外の風景を見渡しましたが360度見渡すことが出来
見晴らしは最高でした。
熊本城大天守の石垣は、
勾配が緩やかであるのにたいして、小天守の石垣は勾配が急で扇勾配(
武者返し)になり、
出隅が
算木積みになっていることが確認されました。
そして、小天守の石垣が大天守の石垣に乗っているから、大天守の石垣が早く造られ、小天守の石垣が後で造られたことが判明しています。
このように熊本城は見所がいっぱいで、当ホームページの記事を参考に観光してくだされば幸いです。
→
鹿児島・熊本観光’09年・一へ
→
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