その他旅行
名古屋への道中(2007年)
関西、中部方面の旅行
8月11日、JRが発行している青春18切符を使って関西、東海、中部方面に出かけた。
早朝6時30分川之江駅を普通電車で出発し約1時間ほどで坂出駅に到着。
坂出駅から
快速マリンライナーに乗り四国と本州を結ぶ
瀬戸大橋を爽快に走りぬけ、暫くして岡山駅に到着。
岡山駅からは相生行きの電車に乗り、相生駅を10時20分到着し、相生駅で乗り継ぎ、10時50分に最初の目的地の姫路駅に到着しました。
私は姫路を訪れたのは初めて、市内の観光マップの案内板をたどり駅から1キロほど下って行くと緑につつまれて綺麗に整備されている庭園と
姫路城の風格ある姿が目に飛び込んできました。
城に近づくにつれ、綺麗で美しい姫路城の姿を夢中で写真撮影をおこないました。
写真撮影を行いながら歩いていると追手門にさしかかり、その門をくぐり、少し歩るくと管理事務所にさしかかります。
そこで入場料を払い、ここからは2千円でガイドをやとい詳しい説明を聞きながらの見学。
まず三菱の門をくぐり、まず最初に
西ノ丸から見学をはじめました。
西ノ丸は男子禁制で、お姫様、女中等が生活していた場所。
当時男性ではお殿様しか中に入れませんでした。
将軍
徳川秀忠の長女
千姫は、
大阪城が落城のあと、本多忠刻に再嫁して西ノ丸で生活を始めました。
私は渡櫓の中に入って化粧櫓と続き、当時の姫の生活の様子を伺うことが出来ました。
西ノ丸を出て、今度は「はの門」「にの門」「ほの門」をくぐり「水一門」から「水五門」までの門をくぐり
天守閣の中へ入ります。
姫路城天守の構造は、東西二本の心柱で支えられた五層六階地下一階の七層の大天守と小天守3基(西・乾・東)で構成されています。
天守の間は二層の渡り櫓で結ばれて、これを連立式といいます。
全体が
白漆喰総塗籠造(しろしっくいそうぬりごめづくり)で、防火・耐火・鉄砲への防御のための構造にしてあり、同時に美観を兼ね備えるためのものであると考えられます。
姫路城の天守は姫山(標高45.6m)の上に建っており、姫路城自体の高さは、
石垣が14.85m、建物が31.5mなので合計すると海抜92mになります。
姫路城をゆっくりと見学した後、JRで姫路駅を出発し
京都に移動。
午後5時、京都駅に到着し、駅裏の今夜宿泊するホテルに一旦チェックインをすませ、大阪城の夜の
ライトアップを見に行くため、午後5時半、京都駅から再び電車に乗り
大阪駅へ移動。
大阪駅から環状線に乗り、午後6時半に大阪城公園駅に到着。
大阪城公園は、綺麗に整備されており、平の川が横たわり、平の川の向こう岸には高層ビルが立ち並び、夕日が沈む前の薄暗い空は、ロマンチックな気分にさせてくれます。
大阪城公園には
大阪城ホールがあり、そこを横切り、ライトアップされた大阪城に向います。
大阪城に近づくにつれ、辺りは暗くなろうとしていて、オレンジ色に光る大阪城が見えた時は感動しました。
その後風格の漂う大阪城にもっと近づき、壮大で美しい大阪城を側から見る事が出来ました。大阪城はライトアップにより現在のアートと昔のアートが重りあってあり、とても幻想的な世界が広がっていました。
大阪城は、摂津国東成郡大坂の地にあった
安土桃山時代から江戸時代の城です。
別称は金城あるいは錦城で、大坂が近代に大阪と表記するように改まったために、現在は大阪城と書くことも多いようです。
豊臣政権の本城でありましたが、大坂夏の陣で焼失し豊臣氏が滅亡した後再建され徳川幕府の西日本支配の拠点となりました。
大阪城を見た後は、梅田の方に出かけお好み焼きを食べに行くことに。
大阪城周辺を少し歩き隣の駅の森山駅に向かい、森山駅から大阪駅へ電車で移動。
大阪駅から外に出て歩いて
阪急デパート前を横ぎり、東通を歩き、
梅田花月前で出店してある、
風月と言うお好み焼き店に訪れました。
店は客で満員だったので、少し待ち、客が引いてからようやくテーブル席に呼ばれました。
私は風月焼きという名称のお好み焼きを食べる事にしました。お好み焼きは店のスタッフが焼いてくれます。
まず生地を入れた器をスプーンで華麗に混ぜ、あったかくなった鉄板の上に混ぜ合わせた生地をのせ、しばらくの間焼いて、焼いている間スタッフは、他の用を行いながら、適当な時間になったら戻ってきて、お好み焼きをひっくり返して、また席を離れ、しばらくして戻ってきて、ほどよく仕上げてくれたのには驚きです。
お好みが焼きあがって、さっそく試食。一口食べたとき、あまりの美味しさに、こんなに美味しいお好み焼きは食べた事がないと感動しました。
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