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桜井漆器(さくらいしっき)
桜井漆器の始まり
愛媛の伝統工芸・桜井漆器が生まれたのは今から400年も昔、江戸時代の頃になります。
桜井漆器のふるさと今治市は、目の前に広がる瀬戸内海のおかげで、昔から船の往来が盛んでした。
江戸時代に腕舟(わんしゅう)と呼ばれる舟で紀州(きしゅう)の黒江(くろえ)、根来(ねごろ)の箱膳(はこぜん)や重箱(じゅうばこ)など庶民向けの
漆器を中心に四国、中国、九州方面へ行商した
腕屋(わんや)さんが、桜井で製造を
開始したのが始まりだといわれています。

桜井漆器の特徴
その特徴として、輪島の
金沈金師(ちんきんし)や山中塗の
挽物師(ひきぶつし)、海南漆器の
蒔絵師(まきえし)等の名匠たちに技を学んだ為、全国から色々な技能を持ったプロが集まって新しい技を開発していったそうです。
特に輪島からの影響は大きく、明治初年に初めて沈金法を導入し優れた技術で優れた技術でよりよいものを作り出せるようになり、さらに発展していきました。
桜井漆器の繁栄と衰退そして…
その後、輪島から多くの職人が来桜したこともあって、手ごろで良質な桜井漆器の評判は
輪島塗に並ぶほどの評価を得ることになりました。
しかし、昭和時代を迎え、第二次世界大戦を境に、腕舟とともに栄えてきた桜井漆器もだんだんと人気がなくなり、衰えていきました。
ですが、昭和四十年「伝統工芸産業の復興に関する法律」という法律が作られ、先祖代々受け継がれてきた伝統工芸産業を盛り上げていこうと色々な工夫や開発、努力をしています。
桜井漆器会館は伝統工芸としてのプライドを持って名人芸を復活させることを目的に開館し、漆器が出来上がる迄の様子や作り方が見れるようになってます。
代々、受け継がれてきた技が魅せる美しい漆器をぜひ、見ていってください。
